まついのひとりごと     
麺の卸トップへ
ひに ぶつぶつ・・・・ぶつくさ・・・・・・うだうだ・・・・・・・   しゃしん
2006/3/31 午前中は赤坂のZ社で打ち合せ、その後箱崎のM社で打ち合せ。新商品の味見などをさせていただいた。その後Tさんに県内のうどん店を数店ご案内していただいた。福岡といえばラーメンを思い浮かべるが、地元の日常食はうどんである。郊外には100席を超える店がひしめき合う。昼飯時はどこも満員。価格はフルサービスの割には安く量が多い。そしてどこもうどん本来の優しさがある。2日間でうどんを堪能した。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2006/3/30 新幹線を小倉で降り、立ち食いうどんでごぼ天うどんを食べた。優しい味だった。その後、赤池工業団地で打ち合せ、見たかったボタ山は見えなかった。夕方に博多のホテルにチェックイン。その後Y社のT課長と打ち合せの後郊外のうどん店を案内して頂いた。切り落とされたうどんが茹で釜にコンベヤーで流れていき魔法のようにうどんが茹で上がる。うどんは太くてもちもちしていて出汁が良く絡み、温かい優しさがあるうどんだ。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/3/29 県内では映画『UDON』のロケが行われている。監督、キャストも一流ゆえに夏の公開以降、またまたうどん王国讃岐が全国区に踊り出るであろう。ブーム以降の低迷に少しは歯止めがかかれば嬉しいのだが。ここのところ香川フィルムコミッションは毎年2,3本の映画を世に送りだしている。たいしたものである。日常的空間の縮図であるわが讃岐の風土が役に立つのは良いことだ。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/3/28 春の嵐吹き荒れる讃岐路。もくもくと資料作成。
東京高裁は麻原に対する審議を行うことなく裁判は終わりそうだ。彼がどうなる以前に、多くの市民の命を奪った一連のオウム事件について裁判所は何も麻原から聞くことすら無く結局は闇のまま。この事件の背後にタブーが存在しているのか。殺された人、残された人は死の意味さえもわからない。ということは我々は何時殺されるかわからないということだ。
さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/3/27 昨日も息子のサッカーの試合。2試合して1点も取れずダントツの最下位。曇りで風も強く身も心も冷め切った。
京大の研究グループは、高カロリーで油脂を多く含むものを食べると、直後に大量の脳内麻薬の一種「ベータ・エンドルフィン」が分泌され快感を感じることを突き止めた。これがこってり系のラーメンをやめられない原因だそうだ。行列が出来るラーメン店の行列の人はやはり中毒なのである。
さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2006/3/25 金沢地裁は北陸電力に志賀原発2号機の運転差し止めを命じた。理由は耐震強度に問題があるとしている。それでも北陸電力は控訴し運転を続けるようである。狂っている。チェルノブイリ、スリーマイルを忘れたわけではあるまい。他の原発についても耐震強度調査を速やかに行い補強を直ぐにでもしていただきたい。この国においては安全神話は全て崩れているのである。目先の儲けの代償は余りにも大きい。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2006/3/23 エコノミークラスで搭乗時間9時間以上は非常に苦痛だった。体のこりは最高潮である。頭のこりはすっかりほぐれ脳みそはとろけている。心残りは世界遺産のブルーマウンテン国立公園が霧の為殆ど何も見えなかったのと、夜遊びできなかったことである。英会話はできないのだが何とかなることは判った。最後は無理やり日本語と指差しでどうにかなる。今日は資料送付などの残務に追われた。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/3/20 昨日今日とシドニーである。時差は今はサマータイムなので2時間早い。人口450万の大都会なのに空も海も綺麗に見える。車はそこそこ渋滞しているが極端な混雑はない。回転寿司、テイクアウトの寿司、日本酒は結構当たり前にある。蕎麦もうどんもある。民族人種の坩堝なので食べ物は非常に種類選択肢が豊富だ。自然の恵みが豊富な故に宗主国の英国と比べ物にならないくらい食べ物が美味いそうだ。私は英国には行ったことがないので違いは、よくわからない。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/3/17 風邪なのか鼻水が止まらない。気温の上下変動に体が全く着いていけない。WBCはメキシコが米国相手に大金星。たなぼたで日本は準決勝進出となった。よって野球界は大変なことにはならないのであろう。ただ少子化で今後は全てが大変だ。これからは野球、サッカー、バレー、・・・・プロレスetc.中年リーグ、老年リーグをつくり、老練の技を競い合っていただきたいと思う。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/3/16 雨の讃岐路。午後から高松へ配達。荷降ろしして店内で打合せしていると丁度WBCは韓国に敗退した。日本の野球界はこれから大変、良き人材の海外流出に拍車がかかる。これは野球のようなスポーツに限ったものではなく全ての分野で起きている事だ。人はより高いレベルを求め旅立つ。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/3/15 夕方新居浜Y電プラザで東予テクノクラブの例会でうどん調理実習。電磁調理器の利便性の確認ののち、釜上げうどん、かけうどんにお好きな具材トッピングでの試食を行った。PRも少し出来た。今後も多くの人たちとの繋がりを築いて行きたいと思う。(参考ページhttp://www.exn.jp/~ttc/html/albam/180315tc.htm) 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2006/3/14 3/9政府日銀は量的緩和政策の終結を発表した。ふんだんに発行されたお金は私のもとには回って来なかったが、蛇口は閉められたのである。世間の関心事は金利が何時から上がるかということである。人であれ企業であれ借り入れが多いところはこれからが大変である。2極化は今後加速する。この間の量的緩和政策のもとで得をしたのは誰だ。そいつらの下でひどい目にあった多くの民民が居る。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2006/3/13 土曜は息子の習い事の送り迎えと掃除に洗濯。昨日は雨の中,松山市北条で開催された近県小学生ラグビーリーグに行って来た。ドロドロのぐちゃぐちゃである。馬鹿小学生は競い合うかのようにベチャドロゲロドロ・・・・息子は3チーム合同軍で戦い、体格のでかい奴にどろべちゃの中潰されていた。鼻の中、口の中も泥である。やれやれ。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2006/3/10 雨である。午前の営業先の会社は新宿2丁目の真ん中にあった。夜の淫猥な情景が午前中は寒々としたただのとおりだ。その中に如何わしいHG系のグッヅ店が密かに営業している。午後は西新宿の高層ビル街の21Fで説明会。無機的な空間は疲れる。飛行機の時間を気にしてタクシーを走らせたが雨のせいでいらいらはつのる。地下鉄モノレールで羽田に着いた頃は疲れ果てた。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/3/9 東京は暖かい。新宿、浅草橋、築地、代々木、と彼方此方営業で飛び回り、夜の練馬では少し冷たくなってきた。風邪引きさんのN氏と少し話てだけで何だかもらってしまった。夜は新宿で少し飲み、その後歌舞伎町に行ったが、街は何だか元気が無かった。彼方此方の防犯カメラに睨みをきかされ、安楽快楽を求める人は去ってしまったのか。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/3/8 午後の飛行機で羽田に着いたのは16時過ぎ。東京駅に出て中央快速で八王子に夜について、お米の加工メーカーさんで打ち合せ。ここはDさんやRさん向けの有機米、減農薬米を扱っている。日本中の田んぼの米に関するデーターを持っている。主食米の世界の奥深さと、頑張ってもなかなか儲からない業界の体質をお伺いした。やはりこの国は壊れていることが真面目な経営者の方からのお話を聞くにつれ痛くわかった。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/3/7 ぽかぽか陽気の一日。午後から土産うどんの打ち合せと集金で田園地帯をうろうろ。梅の花が満開だ。夕方から通販の亀城庵便り用の撮影のお付き合い。モデルになってみたが冴えないオヤジ丸出しで情けない。政局は民主党が・・・・。この国は何処へ行くのだろうか。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/3/6 土曜日は東京からのお客様とうどん談議と食べ歩き。日曜はまたまた息子のサッカーの試合の付き添いで疲れた。余りに勝てないので親が疲れる。今日は土産物公正取引協議会へ審査出品に高松へ。その後Bさん、S屋さんと訪問。外は春先の優しい雨が降っている。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/3/3 イラクでのK田さん殺害の容疑者が捕まった。殺さなければ自分が殺されるかも知れないから殺した。戦争とは殺される側のものが直接殺す側になる。この容疑者は処刑されるであろう。ブッシュもフセインもたぶん今すぐには殺されはしないのだろう。そこそこ平和が訪れた時、姿は見えないビンラディンが動きだすのであろう。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2006/3/2 今週はずっと香川にいる。決算月で頭が痛い。頭が痛い上に次年度予算だ。経費ばかりがかかり・・・・・体と同じで肥満体質なのであろう。利益が出せる仕組み、仕事のやりかたを考えなければならない。久々に社内会議に出て思うのであった。脇が甘いと後々大変だ。貧乏くじを引くのを嫌がりだれも表に出てこない。それだけ国政は出鱈目なんだろう。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2006/3/1 4点セットでの倒閣の機運は民主党の自爆で表面上終わった。権力はたいしたものだ。民主党を生かさず殺さず抱きかかえてしまった。ポスト小泉に向けた権力抗争が水面下で進む。次に地雷を踏むのは誰か。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/2/28 亀城庵便りの原稿に追われた。そこそこイメージは固まっていたのだが文章にするのは難しいものだ。午後から某うどん店オーナーと打ちあわせ。市場動向を色々分析しておられる。当たり前といえば当たり前だが5年後10年後を見据えるのは難しい。食の流行、味覚の好みなんていうのは案外早く変化する。大手食品、飲料メーカーはどう転んでもついていけるだけの研究蓄積があるうえにリサーチにも長けている。それでも外れることもある。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2006/2/27 土曜は息子のサッカーの招待試合の付き添い。ホストチームを0-16できちんと勝たせてあげた。(負け惜しみである。)余りに極端なので来年は呼ばれないであろう。昨日は雨で試合は中止になりこちらはやれやれである。そして今日は宿題に追われる。トリノ五輪にかこつけてイタリアワインを飲みまくろうと思ってが、出来なかった。最大のワイン大国イタリアについては今後勉強しよう。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2006/2/24 東武東上線に乗り鶴ヶ島のお客様訪問。通勤ラッシュの逆方向で助かった。池袋に昼に戻りK奈屋でもちカレーうどん。店内は女性客ばかり。ということは女性に受ける味なのであろう。午後からはZ社の販売協力企業セミナーで夕方まで缶詰。ぐったり疲れ最終のANAで帰った。東京は雨だったが香川は降っていない。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2006/2/23 西日暮里で商談、その後駅前のO将でホイコーロー定食餃子付をたらふく食べ、赤坂の観S水で通販情報誌向けの取材。特別メニューのうどんをお作りいただき撮影し食べた。いい写真が取れた。こんな満腹感も久々である。うーっぷ。その後築地、新橋に営業。夜は県人と六本木のTるとんたん見学。街も店内も別世界である。流行のかっこよい人種しか生息していない。中途半端に落ち込んだので渋谷で飲み直し。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/2/22 朝から上げ下げがひどくどうなるかと思ったが、東京駅構内のおにぎり屋さんであっさり目の食事を取り、木更津目指し高速バスに乗った。ベイブリッジ、アクアラインを走りぬけ1時間の小旅行である。地方都市へは高速バスが大変便利である。商談済ませ同じコースで東京に戻り、夜には八王子のDでスーさんと打合せと歓談。スーさんの魚についていろいろ教わる。体調も復調した。 さぬきうどん讃匠卸松井撮影
2006/2/21 昼に東京に着き、新宿西口のM通団でI社の売場担当者と讃岐うどんメニューの食べ比べ。釜上げ、ざる、かけ、ぶっかっけ、釜玉を天ぷらあてに食べた。讃岐うどん通の方々に当たり前のことでも食関連の仕事をしていても知らない方が多い。夜は赤坂のKで撮影の打合せとO社長グループと交流し、その後ANAホテルのシャンパンバーで飲み直し。かなり酔っ払い、その後乗ったタクシーの運転の荒さもあり地獄のような夜を過ごす羽目になった。 讃岐うどん讃匠卸まつい撮影
2006/2/20 昨日は息子のサッカーの当番で海辺利の冷たいグランドで午前中を過ごし、体が冷えた。
今日は午後から愛媛の西条で打ちあわせ。温泉ブームで施設が増えていた。高齢化社会の中で求められるものは癒しである。背景にあるのは、めまぐるしい価値観の変化と殺伐とした日常だ。
さぬきうどん讃匠卸まつい撮影
2006/2/18 昨日の続き》・・・作り手の思いが標準価格である。市場原理から言えば供給より需要が上回れば法外な価格での売買も理屈では成り立つ。しかし市場を支配する要素は普遍ではなく不確定なものである。作り手と飲み手が良いキャッチボールを続けることが大切なのだ。嗜好品色の強い酒は階級階層に応じても存在する。1升瓶25度の本格焼酎は私が毎日飲むための酒である。酒販店さんメーカーさん今後とも美味いのを宜しく。 讃岐うどん讃匠卸まつい撮影
2006/2/17 またまた宿題に追われている。考え方であるが追われるうちがまだ良いのだろう。自ずと優先順位つけてる自分が嫌にもなるが仕方ない。
鹿児島のK酒店より届いた芋焼酎6本をしげしげと眺めた。飲みたいもの全てが手に入るわけではないのだがきちんとメーカー標準小売価格を守ってくれている。送料は余分にかかるのだが買いに行くことを思えば宅配業者に感謝である。人気銘柄を法外な価格で販売している一部販売店には腹が立つ。
讃岐うどん卸讃匠松井撮影
豊田市駅前
2006/2/16 凄い霧の中、高速を松山に走りC社の副部長と小売店への同行営業。こだわり食材を扱うスーパー、百貨店を3社まわった。我々加工食品の課題が何であるかつかめてきた。お客様との距離を埋める方策をいろいろと考えていきたいと思う。愛媛県はお隣の県だが微妙に食材、慣習などが異なる。四国は小さいが文化は様々である。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
豊田市駅前の看板
2006/2/15 名駅、栄、生駒町と市内を営業。若手経営者達から元気を沢山頂いた。思い描いたことを事業にしていく頼もしい連中である。若手の元気が元気な飲み屋街を創っていく。夕方ののぞみで香川に帰るとまたまた雨である。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2006/2/14 早起きして7時前の電車で名古屋に向かった。豊田市にはどうにか11時に着き、お昼をI社長自ら厳選調理した天ぷらと釜揚げうどんを頂いた。世界的巨大企業T社の城下町なのに思いのほか寂しい街だった。その後電車乗り継ぎ四日市で商談。すっかり雨模様となった。市内をタクシーで横断しK社で打合せし、市内に出てO氏と一杯引っ掛けて夜更けの名古屋に近鉄特急で帰った。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2006/2/13 うどんの動きは悪いが何かと忙しい。将来に向けてやりたいことが次から次へとある。思っていたことを一つ一つできるところからかたちに出来ればと思う。今週は彼方此方と移動がめまぐるしい。
ペットのイモリあかのすけ、が案外なつくのは驚きである。ピンセットでだんごむしをやると食べる。
さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/2/10 イスラムの歴史文化について我ながらよくわからぬ点が多い。ムハンマドの風刺巡る一連の騒動は衝撃的でさえある。気候的に厳しい中で生活する彼らの世界観。一握りの石油長者とSEXすることなく朽ち果てていく民。欧米帝国主義的刹那的快楽主義に犯されている自分としてどこから理解をはじめれば良いのだろうか。人とはなんなのだろうか。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/2/9 午前中は半日ドック。健診後の弁当が美味く感じた。その後関連会社のうどん学校でうどん2杯を食べた。つい1時間前に保健婦さんから注意されていたことを早々と破ってしまった。食べたらいけないのに食べるので豚化は加速していく。耐震偽装はやはり氷山一角に過ぎないことがぼちぼちと明らかになってきた。まだまだこの国では殺される側は何時死んでも不思議ではない。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/2/8 今朝は霙が降っていた。日中は時折雪が舞う荒れる天気だった。寒いのにうどんの売れ行きは芳しくない。中元ギフトの企画提案を抱えているが、なかなか商品が定まらない。マンネリは避けたいし、しかし定番は育てたいし・・・結果は夏の風だけが知っている。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2006/2/7 午前中は、映画『県庁の☆』のロケ地の香川県庁で相談事。その後Bでカレーライスとかけうどんのセット550円を食べ県内営業と集金。風が強く大荒れの讃岐路。気温が高いのだけが救いである。立ち入ったUうどんのテレビでひたすら謝るTYインのくず社長を見た。彼方此方で小さな膿が出ている。混沌とした時代の中で秋篠宮家では紀子さんが御懐妊。皇位継承めぐる論議は結論を急ぐことなく、できれば次の世代に委ねたい。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2006/2/6 昨日は犬の散歩で近所の角山に息子と登った。空気が澄み渡り、良い景色を楽しめた。下界では丁度ハーフマラソンが有名招待選手中心に争われていたが良く見えなかった。
政界は防衛施設庁に特捜部が入り4点セットが争点となった。小泉内閣も風前の灯火である。地方は大合併に伴う選挙ばかりで国政に関心が行かない。
讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2006/2/3 大手町、新橋とまわり昼食にラーメンライス食べ虎ノ門へ。山形県のアンテナシヨップが在ったので覗いてみた。香川と違いスペースの広さが羨ましい。少しお土産を買い友人のいるN社へ挨拶まわり。郷土の話しに花が咲いた。その後代々木で打合せして夕方のANAで高松へ。東京より讃岐路のほうが寒い。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2006/2/2 朝ホテルの窓から富士山が見えた。昨日までと打って変わりキンキンに冷えた良い天気になった。東京に戻り半蔵門、府中、浅草橋と営業。重い荷物と別れられずへとへとである。やっと夜ホテルに荷を置き築地へ繰り出しイベリコ豚などを堪能。いい素材は簡単な調理で美味い。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2006/2/1 午前中長岡で営業し、その後雨の高崎でO社売店に挨拶回り。雨はいっこうにやまず両毛線に乗り伊勢崎へ。I社の前社長のお悔やみを行い、東武線で館林に移動。夜にO社社長と歓談。夜更けに雨は上がり寂しい夜の館林駅周辺を探検。これといった繁華街もなく(知らないだけかも)寂しい。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/1/31 高松で飛行機に乗ったが霧のためなかなか飛び立ってくれない。ようやく飛び羽田には1時間遅れだった。予定を変更し夕方まで都内を営業し、長岡へ向った。夜の長岡は思っていたほどの雪ではなかったが夜の街の人出は少なかった。歩道の彼方此方に雪の壁が立ちはだかっていた。とにかく12月は凄かったようだ。1月は逆に平年より積雪は減りどうにかなったようだ。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/1/30 なかなか体調は回復しない。売上も回復しない。LD問題以降プチバブル的様相は幾分沈静化した。何かが起こる前触れ的静けさである。ビジネスホテルTYイン不正改造ような出鱈目な事柄が次から次へと出てくるなかで耐震偽装のような多くの人の生死にかかわる事柄がぼやけ曖昧にならないことを願う。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/1/27 インフルエンザの猛威に負けタミフルのお世話になっていた。
堀江氏逮捕で話題が無くなったマスコミはハーレム男に飛びついた。耐震偽造、米国産牛肉問題は本来なら小泉内閣の命取りとなる問題である。今大切なのは生活破壊の小泉内閣を追い詰め政財官暴からの略奪を阻止することである。30年ぶりの共社共闘は流れを変えられるのか。
さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/1/24 堀江氏が、M氏、昨日書いたO氏とともに逮捕され身柄が拘束された。真相究明は今後の捜査に委ねられるが、とりあえずは「口封じ」には合わなくてすむ。ライブドア問題の総括として彼らを時代の寵児として祭り上げてきたマスコミ、そして前回の総選挙の目玉とした政権与党の責任が問われる。彼らが今後如何なる発言をするか良く聞いておこう。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2006/1/23 弱った体に息子からA型インフルエンザをうつされた様でボロボロである。急遽愛知県からご来客。夜まで商談と各所へのご案内。帰宅すると配偶者も体調不調でボロクソ・・・・。
高松市に本社がある大手S社はL社騒動の渦中にある。新社長内定のLDマーケティングのO氏はいきなりのドタキャン。幹部人事はめまぐるしく変わるが様々な本業での蓄積があるので大丈夫であろう。
讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/1/20 練馬で商談。今後に向けた意見を出し切り遅めの昼食で食べたトンカツが美味かった。関東の豚は美味い。その後人形町の古くからのお客様へ年始の挨拶に伺い今後の進め方についての打ちあわせ。どっぷり疲れ羽田の搭乗口に着くと修学旅行の団体に蜂合いとどめをさされた。
米国産牛肉に危険部位である脊椎混入発見で急遽米国産牛肉の輸入停止が決まった。そもそも米国は日本向けにあれこれ細かく対応する気は所詮ない。輸入再開をブッシュへの手土産に決めた小泉の責任が大きく問われる。
さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/1/19 昨日に引き続きA社の方々と宇都宮界隈を年始の挨拶回り。3時頃に分かれて宇都宮市内、西日暮里と営業し夜は新宿で歓談、2件目は隣でドンペリロゼを開け興奮の余り切れた馬鹿客が騒ぎだし、他の客、従業員はしらけまくった。バブルは遠くになりにけり。
L社関連でN氏「自殺」の衝撃が駆け巡った。闇の勢力からの口封じとしか思えない事件である。
讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2006/1/18 A社の皆様と群馬県のF社関連に年始の挨拶回り。暗い話題ばかりではない前向きな現場の話も伺えた。夜は築地場外で魚とうどんを堪能し、久々に渋谷のBで飲み直し。素材の良い物を食べたあとは気持ちまでが豊である。
L社ショックが駆け巡っているが夜の街の反応は至って静かだ。私のうろつく盛り場はヒルズ族とは縁がないのかも知れない。
さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2006/1/17 阪神淡路大震災から11年の日、耐震偽装の証人喚問が国会で開かれた。この日の未明六本木のL社に東京地検の捜査が入った。歴史的隠蔽としか言いようのない日である。ニュースの主役はL社、堀江氏になった。
昼前に羽田に着き、横浜泉区の作業所でうどん店事業の打ちあわせ、夕方には築地で将来展開の打ちあわせ、夜には埼玉のみずほ台で年始挨拶と歓談。めまぐるしい1日だった。
さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/1/16 昨日は息子のサッカーの試合が2試合あった。また勝てなかった。リーグ戦のべこはどういうわけだか免れたようで親達は喜んでいた。なかなか点はとれんが、取られるのは早い。2年後3年後は強くなるのか・・・・
出張明けは仕事が沢山あるが1月の売上の実態は目を奪いたくなる厳しさだ。どこも在庫を抱えているのか動きがでない。
さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2006/1/13 昨晩は淀屋橋のRで飲んだ。ここの魚は素晴らしい。お客もよく知ったもので路地裏だがよく賑わっていた。今日は吹田、心斎橋と営業。その後、京都の得意先をまわると雨になった。当社のうどんに高いご評価をくださるお客様が多く有難い。よりうどんの進化、利便性を求めるご要望も増えてきた。将来的にこたえられるかどうかがメーカーとしての質であろう。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
ニシキの景色
2006/1/12 中津、宮原、繊維シティ、天満宮、攝津、野田、四天王寺と年始挨拶まわり。歳暮ギフトについて厳しい話ばかり聞く。久しぶりに天神橋筋商店街を天満宮から天満まで歩いたが店の入れ替わりが激しい。単価の低い飲食店が増えた。讃岐風うどんセルフ店が3店、Mおおきに系などのセルフ食堂2店、それに安い居酒屋もランチを出している。こなもの系、丼系、焼肉系もある。時代をよく反映させた商店街である。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
ニセコの景色
2006/1/11 午後から大阪営業。江坂、北浜と回り商談。夜はS氏お薦めの韓国料理店で飲食。何ともいえぬ肉の味付けの美味さに脱帽。その後曽根崎新地のラウンジで飲み直し。キタの繁華街も不景気風が吹いているがお店は満席。客層は50代のおやじが中心。比較的安く自分のペースで飲めてカラオケはない。経営努力の賜物である。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
ニセコの景色
2006/1/10 やっと今日から新学期である。3学期はほんとに短い。故に来年度から小学校は2学期制になる。良いのかどうかはさておき学校で学ぶことはかなり減っているように思える。低学年の社会理科に至っては絶望的だ。我々世代の詰め込み教育の総括であるゆとり教育。確かに私自身高学年から理解不能なものを今まで引きずっている。しかし詰め込まれたもののほんの少しは役立っている。素地や可能性は幅ひろく低学年のうちから示してあげたいと思う。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
ニセコの景色
2006/1/7 このところ讃岐路も冷たく昨晩は雪が舞い郊外はうっすら雪景色となった。この冬は大雪で亡くなられた方、不自由をしている方が全国でたくさんいらっしゃる。弱者に余りにも厳しい社会だ。一昨年の水害の時もそうなのだが地方の出来事、特に山間部の田舎の出来事はなかなか全国に伝わらない。大都会に暮らす人のふるさとの出来事が判らずに心配している方も多いのではと思う。平成の大合併もありますますふるさとの出来事はわけがわからんのではないか。 讃岐うどん讃匠卸松井撮影
ニセコの景色
2006/1/6 昼飯を直営店に食べに出た以外は社内で過ごした。暖房つけてる社内でも寒さを感じる。今年の冬は寒さが続く。最近の権力側の手口は国会含めた議論の手続きを踏まず結論だけをマスコミ操作で垂れ流し国民の論議の時間がない中で誘導尋問的手口で賛否を問い、結果通してしまうことである。イラク派兵、郵政民営化の次に来るのは大増税、改憲に向けた国民投票法案、共謀罪である。ファシズムはひたひたと着実に根を張ってきている。 さぬきうどん讃匠卸まつい撮影
2006/1/5 正月は例年通り北の大地の雪の中で過ごした。例年よりは雪が多かったが本州ほどの無茶苦茶ではなく交通機関も乱れがなく助かった。友人に連れて行ってもらったニセコの蕎麦屋が美味かった。ホテル内の「狩太」の料理もいつもながら宜しかった。雪の中北の大地の恵みをひたすら食べた。今日からいきなりの現実、近隣の挨拶回り。遅い昼食は行きすがりのうどんやSで「そのままかけうどん大」280円にコロッケ1個載せて360円。安くて美味くて腹が膨れる讃岐の食も宜しい。 さぬきうどん讃匠卸まつい撮影
2005/12/28 午前中は駆け込みのご依頼についてどうしようかと対策が取れたとたんに中止となった。2月のイベントについてはお問い合わせがあり対策が取れたとたんに他社へ企画が流れた。とどのつまりじたばたしても駄目なのである。夕方は企画の商品の調理テストと撮影。撮影終了後食べたら美味かったので納得である。鍋の季節である。社内受けも良かった。酒、とりわけ焼酎系にぴったりである。 さぬきうどん卸まつい撮影
2005/12/27 流通業界の巨人が出現した。西武・そごうを擁するミレニアムがセブンアイの傘下に入り英国テスコを抜く世界5位の売上高となる。国内の業界再編が一気に加速しそうである。投資家グループ、ヒルズ族などによる企業買収で賑わった今年、企業サイドは防戦のあり方の1つとして経営統合を計る。統合後の絵はまだ見えてこない。「想定外」の出来事ばかりの今日この頃である。 讃岐うどん卸松井撮影
2005/12/26 またJRの大事故である。何かが着実におかしくなってきているのではないか。専門家で無いので感覚的にしかわからないのだが線路が怪しいのではないかと思う。素人目にわからない世界で手抜きが行われていないか。結果として命が奪われていないか。同様の不信が航空機にたいしてもある。現場が弱くなってしまっていないか。うるさい現場を潰し、結果飼いならされた無責任な現場しか残っていないのではないか。 讃岐うどん卸松井撮影
2005/12/24 息子は昨日から冬休み。異教徒の祭り、誕生日とイベント突入である。祭日も土曜もこの時期は関係ないので父親の肩身はおもいきり狭くなる。明日の日曜日が怖い。昨日の天皇の会見の言葉は重い。60年前の惨禍の追悼を彼は行っている。戦前の歴史をきちんと検証することが今後の過ちを起こさない道である。 さぬきうどん卸まつい撮影
2005/12/23 降り積もった雪が午前中は凍り付いていた。歩きにくく疲れた。築地口、一社、名駅と営業。雪だるま作ってた子に写真取らせてと頼むと、その子の視線は不審者を見る目だった。糞馬鹿事件が多発する中、子供は全てのおっさんに嫌悪感を持つようになった。祭日でごったがえす名古屋の街をあとにしたのぞみはちんたらちんたらなかなか京都に着かない徐行運転だった。上越新幹線と違い雪には弱いのである。 讃岐うどん卸松井撮影
2005/12/22 朝は道が凍っていた。岡山からは雪景色。新幹線はそれでも走り名古屋に着いたのは1時間遅れだった。遅い昼飯を駅横の高島屋B1のカレーで済ませ営業にうろうろ。夕方から雪はがんがん降り続き銀世界になった。忘年会シーズンだが栄の人通りはまばら、車は雪に埋もれタクシーしか走っていない。夜飲みに出て帰りは地下鉄で帰ったが満員、地下街は人が遅くまで溢れていた。名駅のイルミネーションは流石名古屋、派手派手だった。 さぬきうどん卸まつい撮影
2005/12/21 お得意様への年賀状のシール貼り宛名かきにはげみ、何とかお出しできる目途が立ったので午後からはお得意様まわり。香川県庁舎で来年封切の映画『県庁の星』のロケがあったそうだ。出たがりのM知事がこっそり登場しているかもしれない。毎年邦画のロケが県内のどこかで行われている。フィルムコミッショナー事業は成功しているといえる。映画の画像に適した風景、これからも大切にしていきたい。コウさん合いたかったなぁ。 讃岐うどん卸まつい撮影
2005/12/20 朝の冷え込みは凄かったがお昼時は寒波も一段落。午後からは県東部のお客様まわり。どこも歳暮のピークはたいしたピークにもならずに終わってしまったようだ。今後売上をいかにして伸ばすか頭が痛い。私の年度見通しもボロボロである。うどん伝道師として諸国流浪の旅に出なければと思う。食べてもろてなんぼである。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/12/19 昨日は友人Y氏の結婚式が盛大に催された。我がテーブルは大手前プチ同窓会と化した。皆44、45のおっさんである。子供が大きい奴は子供が適齢期である。にもかかわらず悪所通いの馬鹿話に花が咲く。本当の我がアホ組みの同窓会は2年以内に開こうということになった。
小泉は2007年度消費税引き上げは無いと明言した。けれどここんところの生活者への負担増は目に余る。そして出口の改革は中々進まない。表裏を問わずいい思いしてた奴が権益をやすやすと手放しはしない。
さぬきうどん業務用讃匠松井撮影
2005/12/17 昨日は北浜、心斎橋、箕面、新大阪、弥刀と営業。冷たい一日だった。夜坂出に戻り見た駅前のイルミネーションは寂しかった。青色LEDは洒落てはいるのだが田舎には似合わない。明日は友人の結婚式。どうしても散髪にいっときたいのだが時間が取れるかどうか。それにしても東証、しいては日本資本主義の信用はガタ落ちである。J株入力ミス後の取り消し変更がきかない出鱈目システムだったことが発覚。拾って億万長者個人も出た模様。情報収集力、資金調達力が運命を分ける。 さぬきうどん業務用讃匠まつい撮影
2005/12/15 昼から長田、三宮で商談。夕闇迫る17時に摂津本山の商談先に到着。年内商談最終日で受け付けには各社の営業マンが溢れていた。40分立ってボート待ちながら7時と17時間違えたのか呆然としていた。慌しい商談は30分だった。勢いのある会社なのだろうが担当バイヤーは大変だ。その後梅田のホテルに荷物を置き雪の中、京橋で遅い夕食と珍しくビール。京阪ガード下の飲み屋街も内装が少し手直しされ飲み客もそこそこいた。忘年会シーズンにしては静かだが・・・。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2005/12/14 時折雪花が舞う讃岐路、県境の山はこの時期には珍しく積雪もある。息子が学校から危険場所を書き込め地図を持って帰ってきた。危険な奴は何処にでもいるので全く意味がない。何も書かずに出した。近頃制服警官、いわゆるおまわりを目にする機会が少ない。交番はあるのだがいるところを見た事がない。警察官の大量リストラというのは聞かないので私服や公安は沢山いるのだろう。ネズミ捕りも良く見るので交通課もいるのだろう。ということは日常の住民サービス部門への人員配置が手薄なだけではないのか。うがった見方かもしれないが権力から見殺しにされてはいないか。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
さぶーい一日
2005/12/13 師走の喧騒に紛れ米国産牛肉の輸入再開のスタートが秒読みにはいった。大手牛丼チェーンの対応は11/2のひとりごとと同じである。死の危険が伴うものを取り扱わざるを得ないところに既にY社の弱さが露呈している。外食業界でのZ社との差は一段と拡大するだろう。BSE騒動以降、市場全体が大きく縮小した肉関連の食関連業界は今後どうなるのか。高齢化の問題もあり厳しいと思う。肉好きだった自分も最近は量が食べれない。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2005/12/12 風邪でボロボロである。通販の電話が鳴るたびに頭痛が襲ってくる。自分の責任部署の売上も大して伸びなく追い詰められている焦りや後ろめたさや様々な後ろ向きの気持ちがある。しかしどこかいいかげんに人間が成り立っているので余り爆発はしない。やばくなったら無責任に逃げても隠れてもいいと思っている。どうして命を取る必要があるのだろうかと馬鹿野郎塾講師に対して思う。超えてはいけない線を簡単に超えれる人間が増えている。彼は魔を育て、育てた魔に屈服した。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/12/10 昨日は八重洲、新橋、赤坂、新宿と営業でまわり最終のANAで帰ってきた。東京よりも讃岐路が寒い。完全に風邪を引き鼻水が垂れて仕事にならない。不良建造物問題に限らず彼方此方で闇の勢力、宗教装い集団が目先の金儲けをしたがる者達においでおいでをしている。罠はあらゆる所に仕掛けられている。弱みを見せると取り付かれてしまう。真面目な者ほど危ない。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/12/8 早朝にホテルを発ち太田にどうにか8時に間に合った。荷物の損傷もなくやれやれだった。市内二ヶ所挨拶回りをして昼過ぎに都内に戻りついた。体調が悪くゆっくり過ごすつもりがなんだかんだあり休めなかった。夜は二子玉で会食。肉も魚も美味しかった。N総料理長、H店長もお元気で何より。忘年会シーズン到来で週末は大変なんだろうな。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/12/7 S氏の運転で宇都宮のF社にご挨拶回り。都内に帰り着いたのは夕方だった。その後西日暮里でH社長と歓談。外食流通業界の生き字引の様な方である。商社員の立場で商品開発に携わってこられた。ここ30年の食文化の歴史が詰まっている。夜は九段下のSでO社長と会食。斜め後ろでテレビ界の重鎮が御会食中。季節感溢れるお料理とを肴に日本酒がすすんだ。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/12/6 午後に都内に入り大久保のラーメン屋で腹ごしらえしホテルに荷物を置き津田沼、小岩と営業。その後N氏と一緒に錦糸の新規オープンの居酒屋で歓談。炙り焼用の水コンロは小さいながらも使い勝手が良い。お店は歓楽街から離れたB1立地。早くオペレーションを確立し昼オープンで認知させることが今後問われる。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2005/12/5 急に冷え込み冬本番である。政府筋の発表の各種経済指標はかなり良い数値がでているが何だか実感しない。食を取り巻く環境は人口減の時代の中で熾烈な競争が繰り広げられている。米国中心に金余り状態が続いているなかで食関連業界は安上がりな投機対象になってきている。金だけ出してくれるのではなく当然儲け見返りが要求されるので人的物的品質を守り続けるのは難しい。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2005/12/3 納品、急ぎの書類の郵送、営業と師走の土曜日外に出てたが意外と県下は静かだった。賑わうのは来週末以降かもしれない。
中国の松花江の環境汚染はどうなるのだろう。正確な情報が伏せれている国ゆえ様々な環境破壊が外部が知ることなく彼方此方で進んでいるのだろう。権力の体裁よりも人の命、将来のほうが大切である。
さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/12/2 広島、今市と幼女が犠牲となる陰惨な事件が続く。ぐったりしてしまう。あまりにもはかなさ過ぎる。息子の熱は下がった。しかしまだ顔は何だか腫れぼったい。小学低学年は生意気盛りだが体力も精神もまだまだ赤ちゃん。大人は彼らから見たら巨人だ。追い詰められてる大人たちよ冷静になれ。弱者に牙を向けるな。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/12/1 NHK紅白の出場者が発表された。受信料の徴収率のみならず視聴率も低下が著しく大晦日の風物詩としての感も既にない。大晦日正月が特別な日ではなくなってしまった。消費者の利便性の追及という名のもとに繰り広げられる企業のあくなき金儲けの仕組みの中で家族、伝統、地縁は薄らいでいく。大晦日の夜も働く人が増えた。働いていない人も余暇の過ごし方は多様化した。少し寂しいが多様化そのものは良いことである。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/11/30 息子がおたふく風邪になってた。たぶん先週末からかかってたのだろう。昨日小児科に行ってわかった。少なくとも今週中は学校にいけない。やれやれ。伸び悩んだ11月もはや最終日、静かなものである。讃岐路の紅葉は息子のほっぺたのように真っ盛り。松くい虫で松は枯れ里山の紅葉も見事な植生へとかわった。明日から12月、元気に歳暮商戦本番といきたいものである。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/11/29 午前中は当社の供給している出汁を造って頂いている琴平のK社長に工場を見学させていただき情報交換。小規模のメーカーだがいい素材を使い整理も行き届いていた。午後からは対岸の児島のBで箱屋さん含め営業時間終了後打ちあわせ。素晴らしい旧家の別荘の店舗、来訪者に何を伝えるのか楽しみだ。まだまだ手付かずの山林もある。みんなの手で自然を生かした取り組みが進めば面白い。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/11/28 昨日は授業参観。普通の授業は観ていたら腹が立つので音楽を参観。頭ぶつけてずーっと泣いてた子がいて気の毒だった。参観終了後いきなり父兄全員感想を求められてしどろもどろ。2年生相手にあがってしまった。夜は久しぶりに焼肉を食べに行った。早朝上げ下げで体調は最悪。偏頭痛も治らない。肉を受け付けない老体になってしまった。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2005/11/26 昨日は新橋、神田、戸越と営業にまわり、最後は石神井で同郷者と打ちあわせ。その後最終のANAに乗るも機材整備が延びて予想以上に帰りが遅くなった。今朝は朝の4時に社員旅行に出かける連れ合いをバス停に送りまた寝た。2度寝は疲れる。巷は不良建造物の話題。氷山の一角なんだろうな。想像力の欠如した馬鹿が一番困る。馬鹿どもよ名乗り出ろ。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
本文とは関係ないお店
2005/11/24 お昼にお約束してた部長は風邪でダウン。急遽予定変更で都内をうろうろ。錦糸町のオープン間近のTでメニューについての打ちあわせ。その後浅草橋、代々木と営業。夜は二子玉のTさんで通販情報誌現行の校正の最終確認。その後美味しい魚に舌鼓をうち渋谷で飲み直し。Bが改装中で残念だったが初めての店もまあ良しとしよう。 さぬきうどん卸讃匠まつい
2005/11/23 昨晩京都から遅くに帰ってきて今日は夕方に伊勢崎に入る予定である。そろそろ現場は忙しくなってきたが私の持ち場は厳しいままである。とにかく歳暮期どこまでお願いが精魂込めてできるかである。・・・・・
19時過ぎにやっと伊勢崎のビジネスホテルにたどり着き20時過ぎからI社長と歓談。あれやこれやと静かな夜は更けていった。
さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/11/22 昨日は午後から大阪に入り営業。夜はお取引様主催の経営フォーラムと懇親会に出てきた。某衆院議員先生の講演があり今後の政局の目玉はポスト小泉、そして財政再建であるといわれた。即ち消費税の欧州並引き上げであると。そうすれば問題は解決すると。選挙の際は一切語られなかった本音は大増税である。ますます消費は冷え込み中小企業の淘汰は進む。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/11/21 19日は高瀬町の瀬戸内短期大学で第3回日本うどん学会の全国大会が開催され、参加してきた。うどんの伝来、うどん含む麺類の若者の消費動向、中国における麺関連日系企業の現状などの研究報告がなされ、シンポジュウムでは「麺文化を活かした地域おこし」についての討論が富士宮、久留米などの先行例の紹介含めなされた。夜は宇多津に移り懇親会が開かれた。麺好きこなもん好きの歓談は楽しかった。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2005/11/18 午後から対岸の児島へ。オープンして5ヶ月のBさん、今後夜のお食事の部の営業もなさるとか。お店のつくりがつくりだけに今後人気が出てくるだろう。夕日を背にして半島まわりで玉野へ。去年の台風の傷跡が各所に残る。土石流で多くの方の命、財産が奪われた。かつての宇高連絡船の町玉野は三井系の工業地帯でもある。海沿いの山の斜面には家がへばりついて連なる。日暮れは早くK家のオーナーと話が弾む頃はすっかり夜である。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2005/11/17 友人のところがしている坂出市内の居酒屋が移転した。朝はモーニング、昼はそば、夜は予約制おまかせ料理の店である。友人のご両親が店に立つ。大資本の外食チェーン店の対極のスタイルである。高齢化社会の中で運営もお年より、お客様もお年よりという店が今後は増えてくるであろう。そのための店舗設計含めたお店作りが一層問われてくる。夜は地元の小さなイタメシ屋で食べた。ここは若いご夫婦が切り盛りしている。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2005/11/16 日米首脳会談では駐留米軍再編強化、自衛隊イラク駐留延期など日米同盟について、米国産牛肉の輸入再開、構造改革などについての話がなされた。要するに一連の小泉のこの間の動きは米国の強い要求によってなされていたことがよくわかる。小泉政権はブッシュ共和党の意向で動く飼い犬である。国会で決めても無い事柄を既成事実のように仲良く語り合うのはどういうことか。馬鹿にするな。
夜は丸亀で○×うどんの社長と九州のメーカーさんと会食。田舎町でも洒落たところもある。
さぬきうどん卸讃匠松井撮影
カワハギの肝うめー
2005/11/15 米国ブッシュ大統領夫妻が来日した。明日は日米首脳会談が予定されている。両国の明るい未来に向け今後の地球の行く末について何が話されるのだろうか。小泉首相は総選挙圧勝、高い支持率という万全の状態でブッシュを迎える。くれぐれも米帝のわがまま押し付けをきちんと跳ね返して欲しい。仏国ではシラク大統領がやっと暴動についての演説を行った。共和国の子供たちは聞き入れてくれるのだろうか。歴史のトップランナーの動向を皆が見ている。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2005/11/14 日曜は息子のサッカーの試合の付き合いで土器川河川敷で半日過ごした。2試合は格上相手でぼこぼこにされ3試合目でいい試合が出来て初勝利だった。冬場はサッカー、ラグビーのシーズンである。子供よりもコーチや親が大変である。通販の電話をたまにとると検索でもたつきお客様を怒らせて切られてしまった。中年男が電話口に出てがっかりさせた上に留めをさしてしまった。自分が通販で電話しても男が出たら正直切ってしまう。受注オペレーターには頭が下がる。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2005/11/11 来年企画のMギフト向けの商品管理台帳作成。思いっきり散らかってしまった。引きあいはたまにあるがなかなか芽が出ない。どんぐりを拾ってきて植えると可愛い芽が出た。最近いろんなどんぐりを植えている。いずれ成長して手におえなくなるのだろう。事業もそうなれば面白い。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2005/11/10 午前中は通販の亀城庵便り向けのエッセイ書き。昼飯は当社関連会社の製麺機械メーカーのうどん学校の生徒さん主催の模擬店でうどんを2杯食べた。味は・・・好みのうどんではなかった。午後からは専務にN総料理長のレシピのテストでうどん入りクリームコロッケを調理していただいた。事務所の皆に試食していただき概ね好評。早速レシピを補足して記事にできた。明日はたまっている商品管理台帳を片付ける予定。なかなか近場の営業に出れない。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2005/11/9 夕方から通販向けの写真撮影とメニュー調理。ずぼらメニューが出来たのでまたおりをみて紹介していく。ご飯の代用品が麺類だと割り切ればバリエーションは増す。ご飯との違いは喉越しの快感があるのでいかに速やかに喉に流し込む仕組みが作れるかである。そのために出汁などで麺と麺がくっつきあわない要にすればよいのだ。暴動が続く仏国では非常事態法が適応された。政府は強権発動をしたが本質的な解決策は見出せていない。意識の先端の地仏の情勢を世界が見守っている。着地点は何処なのだろうか。 讃岐うどん卸亀城庵讃匠
2005/11/8 今年は冬の訪れが遅い。暖かな日々が続いている。昨日から讃岐路は黄砂がまっている。中国の砂漠化が急速に進んでいるのだろう。人為的な開発は大きな自然の変化をもたらす。エジプトなどの古代文明の栄華を極めたところが今は砂漠。地球は自転しているので西の彼方の出来事が東に影響してくる。米国ははるか東方の彼方である。だから彼らは自分の価値観は世界に押し付けるが、地球を守る為の条約には敵対的である。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
空海のふるさと善通寺
2005/11/7 遅々として仕事は捗らない。お問合せ含め宿題が溜まってきた。年末に向けてごたごたとした準備お問い合わせは増えていく。今週は通販向けの情報誌の記事原稿も仕上げねばならない。フランスの暴動の行方はどうなったのだろうか。わが国は改憲論議、皇位継承論議がマスコミ露出が増えた。経済は行き詰まり弱者からの収奪が更に進んでいく。殺す側は元気だ。しかし皆が去勢され暴動すらも起きそうも無い。一部の阿呆が放火したりシャブに溺れたり異性に悪さしたりしている。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2005/11/5 朝から桜ノ宮のM社S社長と打ちあわせ。昼食に打ち立ての大阪うどんを頂いた。優しいうどんだった。その後も打合せは続き次の訪問先京都麩屋町についたのは4時を過ぎてしまった。こちらではラーメン企画の打合せと歳暮期に向けた動向の歓談。週末観光客でごったがえす京の街を夕闇の中あとにした。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2005/11/4 11時すぎに新神戸につき地下鉄に乗り換え長田のk社へ。担当の方と落ち合い車で海辺の工場の社員食堂見学。丁度昼飯時の混雑を見ることが出来た。1500人分の昼飯が約15分で完売。凄まじいスピードで整然と食堂の仕事は進んでいく。格闘技に近いのりだ。見学踏まえ本社に戻り今後についての打ち合わせの後、東大阪に移動。小阪で滋賀県の店の改装の方と打ちあわせ。夜に大阪に戻り天満で友人のS氏と寿司をたらふく食べた。とにかく天満の寿司は安くて美味い。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2005/11/2 通販会員様向け情報誌の原稿作成。先日取材させていただいた内容をレシピに落とし込むのに苦労する。やはり自分で調理してみなければ生きた文書にならない。米国カナダ産牛肉輸入再開に対して大手牛丼チェーン2強の対応は大きく分かれた。消費者はどちらを支持するのか。それにしても米国はひどい国だ。彼らの国は自由主義でもなんでもない。勝手な基準価値観を押し付ける人質強盗だ。世界中が彼らに手を焼いている。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
2005/11/1 今年の冬は鍋がかなりきそうである。その延長線としてうどんもありそうである。いいお出汁で煮込みきらずにさっと食べていただく。いい感じだ。私は個人的にカレー鍋、素材の味がよく出た出汁を堪能し、カレーを溶き入れスープカレー風に楽しみ、うどんを入れてカレーうどんとして喰らい、しめは冷や飯を入れてカレーおじや、わいわいがやがや芯まで暖まり満腹満腹。第3次小泉内閣が発足した。これから1年余りにも多くの物を我々は強奪されることとなる。奴らは誰の腹を肥やすのか。 讃岐うどん讃匠卸松井撮影
2005/10/31 山の様に出来ていないことばかりなのに新たな宿題は入ってくる。出張から帰ってくると机の上は山積み、メールはどかんと迷惑メール不要メール含め500件。時間ばかり浪費し売上は・・・・・・下り坂。頼んでおいた自治体問題研究所の第45回自治体学校パンフ「讃岐うどんと農村生活」が手に入ったので目を通した。支配された民民の生活の中からの生きる為、命の為の讃岐うどんの歴史がわかる。「豊な」時代のなかで先人に感謝しつつ良きうどんを更に広めたいと思う。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
南アルプス上空
2005/10/28 築地、新橋で営業、その後二子玉へ取材のお礼と土産企画の打ち合わせ。なんだかげっそり疲れJALでかえった。夜実家の命日に出るつもりが息子がほったらかしにされててだらだらしてるので坊さんには顔をあわせず帰った。共働き家庭は子供が犠牲者である。 讃岐うどん卸讃匠まつい撮影
築地市場正面入口
2005/10/27 新幹線小山経由で下館へ出て北総鉄道のディーゼルに乗り換え下妻で商談。同梱のみそのテストを兼ねうどんの調理。どうにかセットとしていけそうである。夕方に新しく出来たつくばエキスプレスで秋葉原に帰った。田んぼの真ん中を筑波まで高架で突っ走る。今後沿線開発が急速に進みそうだ。夜は新宿で高校時代の仲間と飲んだ。皆ええおっさんである。証券会社の支店長の話は面白かった。 讃岐うどん讃匠卸松井撮影
2005/10/26 三鷹、北本とA社のS氏と同行営業。夕方に別れ代々木、半蔵門と営業。傘持ってたが予想より早くからかなりの雨。二子玉でO社長と待ち合わせTで取材をかねて夕食。店は200席以上の大型店である。富山湾の肴が売り物で鮮度価格は申し分ない。焼酎なども大変充実。店長、料理長とも多忙な中お話が伺えたのでどうにか取材も出来た。その後渋谷の低料金キャバで飲み直し。雨の渋谷の夜はふける。 讃岐うどん讃匠卸松井撮影
2005/10/25 昼前に羽田に着き、その後浅草橋で打ち合わせ、ホテルに荷を置き夕方には人形町のお客様と打ち合わせ。夜は夕飯を銀座のRでご一緒させていただいた。非常に上品な味付けで素材の旨味を堪能できた。盛り付けもとても綺麗である。高級中華の醍醐味である。有名店だが席は満席ではなく、群雄割拠のうえに次々と国内外の有名店が入れ替わる東京に於いては高級店は高級店なりに厳しいと思った。 讃岐うどん讃匠卸まつい撮影
2005/10/24 土曜は地元番の州で息子のサッカーの初試合があった。チームとしての練習が出来ていないのでぼこぼこにされた。日曜は高知の春野で四国ラグビースクールの試合があった。こちらも人数が足りず他のチームとの合同チームで戦いぼろぼろだった。チームプレイの経験が無いので仕方ない結果だった。手の調子が悪かったが辛抱して試合には出れた。他のメンバーには沢山の迷惑をかけたが自信にはなったかと思う。少子化の影響は低学年では深刻である。 讃岐うどん讃匠卸まつい撮影
2005/10/21 昨晩、息子が車のドアで指を詰めた。痛がり大事であった。8時過ぎてたが市立病院に駆け込んだ。当直のお医者さん看護婦さんが優しくしてくれ念のためと帰宅していたX線技師さんも快く呼び出してくれた。市立病院は変ったといわれていたことを身をもって体験した。何が変ったのか、医療に携わる人が大きく変った。田舎町の自慢の病院に変った。再建に尽力された委員長は今はいないが後継の方がきちんと継承している。 讃岐うどん讃匠卸まつい撮影
2005/10/20 R社のM谷社長、L社のH江社長が記事にならない日はない。TBS、横浜、宇宙開発、広島・・・旧来の価値観からの大きな変化を行う側のメディアに登場する「主人公」である。報道する側の色眼鏡もあるが私はこの2人がどうも嫌いだ。私は旧来の価値観言い換えれば浪花節的なのかもしれない。30代未満の諸君には彼らはどう映っているのだろうか。正直なところ聞きたい。また私は2人の好青年の後ろにどんな輩がいるのか、どんな勢力が潜んでいるのかが気にかかる。 讃岐うどん讃匠卸まつい撮影
2005/10/19 17日小泉首相は形はともかく靖国参拝を行った。中韓両政府は猛反発した。国内は今までと違い反対は減ったように報道上は感じる。靖国神社とは何か、明治以降の歴史の中できちんと捉えなおす必要がある。各国の政府の言い分は権力対権力の争いである。内外を問わず合祀して欲しくないという遺族の声、靖国参拝靖国の存在に対して拒絶の声がある。また逆に靖国に祀られたことで「救われた、報われた」という肯定の声もある。権力はバランス感覚で巧みに動くが小泉参拝の権力(手を汚さずに殺す)側の明確な意図を、祀られる、祀られた(殺し、殺される)側が見抜かなければならない。 讃岐うどん卸讃匠、まつい撮影
この街のメーンストリート
2005/10/17 疲れなのか虫歯なのか昨晩から奥歯がうずく。辛抱ならんので予約入れて仕事終えて歯医者にいった。痛い歯は虫歯の治療済みで神経が無い。どうも歯茎が疲れで炎症を起こしているようだ。痛みが無いところに虫歯も見つかり結局通院の羽目となった。最近家族にも責められることばかりで心身ともにだるい。 讃岐うどん卸讃匠、まつい撮影
2005/10/16 A帽さんの誕生30周年記念式典に参列。歴史繋がりの広がりそして成熟、経済の縮図である。どの会社、組織も20代30台が元気な組織へとの変化が必要である。夕方京急品川駅で地震に遭遇。足元がびりびり着たので疲れか工事かと思ったらいきなりぐらぐら、そこそこ揺れる音がでかいので子供は泣き女の子は悲鳴をあげ少し騒然。そこへ電車が徐行しながら入ってきて中途半端に止まり皆我に帰り静寂。揺れは収まりつかの間の点検がされ、電車は5分遅れで徐行運転を開始した。16時6分震度4。ぎりぎり飛行機に間に合った。 讃岐うどん 卸
2005/10/15 ホテルの部屋の給湯は復旧したが地下の大浴場とサウナは使えない。がっかりである。向ヶ丘遊園の新規開業店訪問。コンセプトが固まらず痛々しい。何屋か解らない店はお客様が困る。何屋と認知されれば次はサービス含めた品質である。これが想定していたよりも高品質な場合やっと次また行く店のお客のリストに付け加えられるのである。夕方に開店1周年の八王子のDで歓談。Sさんの本領発揮。 さぬきうどん 卸 まついカメラ 
2005/10/14 バカヤロウホテルは給排水がいかれちまった。朝からトホホのべたべたボロボロである。太田、前橋と冬季に向けての挨拶回り。バーターの業務貢献も外交辞令としていただきしどろもどろであった。こうなりゃ株買って株主になってやろう、もの言う小株主だ。夜に東京に戻り八重洲でH氏と歓談。 讃岐うどん 卸 まつい撮影
2005/10/13 新宿で待ち合わせ桐生、宇都宮に営業。宇都宮には頻繁に伺っているような気がする。落着いた街である。郊外に大規模店が多く中心街は街の規模の割りに人出が少ない。夜に東京に戻り神田の割烹SでH社長と歓談。日本料理で出すうどんについてTオーナーに可能性を伺う。夜遅く新宿で飲み直し。遅い時間のほうが人出がある。 さぬきうどん讃匠 卸 まつい撮影
2005/10/12 午後から高津、二子玉川と営業。Tで出汁を飲ませていただいたがすーとしていて美味い。いいメニューが出来そうである。その後で大阪でお世話になったI社の支店長さんが異動で八重洲にこられたのでご挨拶。夜は新宿で一杯飲みながら明日の打ち合わせ。それにしても焼酎の量がせこいちゃんと1合はいれろよ。 さぬきうどん讃匠まつい撮影
2005/10/11 連休は息子の練習の送り迎えと宿題の見張りで終わった。宿題は親がいるときしかしないので困る。必ず夜か休日が潰される。学校も良かれと出しているのだろうが、家庭事情は様々である。正直ほっといて欲しい。我が家のような雇われ人共働き家庭は低学年の子供に付き合える時間や余裕がない。このあたりの現実を役人どもは知っとるのか。手抜き教育行政が子供の2極化を生んでいる。自衛するにはお金と暇(時間的余裕)が必要だ。 讃岐うどん讃匠・まつい撮影
2005/10/8 京都駅、四条烏丸、麩屋町と小雨の京都市内を営業でうろうろ。京都の街は路地裏が元気だ。お店が点在して歩く人がいて生活がある。夕方に中津で打合せをして帰った。こちらが懸案事項と思っていることはお客様にとっては必ずしもそうではないので物事は進まない。あんまり酒飲んでばかりでもないのに胃がやられている。ウップ・・・ 讃岐うどん讃匠・まつい撮影
2005/10/7 午前中D社のU社長を訪問。懸案事項を打ち合わせ。社長は香川県のご出身。同郷繋がりは有難い。お昼に魚津に移動。車窓からは剣の山容が大きく見える。欅平に行きたい願望を振り切り寂れた人影のない駅前で飯食うところを探し歩きつかれてカレーうどんを食べタクシーでUオーナーに会いに行き情報交換。帰りは雨になった。大阪まで電車乗り継ぎ帰り、ホテルに荷物入れて淀屋橋のRで昔の上司たちと遅い夕食。 讃岐うどん讃匠・まつい撮影
2005/10/6 やっとスケジュール調整ができ16時過ぎに事務所を出て、金沢に着いたのは21時を過ぎていた。ホテルに荷を置き飯屋を探すがどうも駅前はホテルばかりで繁華街ではない。駅に戻り構内のコンビニでおにぎりと酒を買ってホテルで侘しく食べた。 讃岐うどん讃匠・まつい撮影
2005/10/4 何故ナチスドイツはユダヤ人選別がかくも徹底してできたか。その裏には国勢調査と電算機の技術革新が背景にあったからである。選別と悟られない質問項目で選別を成し遂げ殺した。昨晩国勢調査の回収員が来た。今回の国勢調査は何に使われるのだろうか。如何なる集計がなされどう公表されるのか。調べられる、税を徴収される、賃金労働者の多くは受身である。住民基本台帳の11桁番号であり、街中に溢れる監視カメラで日々監視される側でもある。権力は何処まで我々を裸にするのだろうか。最近記憶が不鮮明な私よりも私の事を知っているのかも知れない。 讃岐うどんの讃匠・松井撮影
2005/10/3 昨日は家で使う出汁醤油を買いに県の東端の引田のK醤油に行ってきた。ここは3年以上の熟成で醤油を昔ながらの設備とやりかた原料でつくっている。多くの食品メーカーで近代化がなされたが物事の本質から外れたものが当たり前に「市民権」を得てきた。これは製造者の資本強化志向の大量生産体制、税収以外に興味を示さない権力によりもたらせた不幸である。醤油風調味料、日本酒(清酒)風酒、ビール風ビール・・・・としかいえないものが市場を埋め尽くしている。欧州などと比べ物づくりに文化に誇りがないから曖昧になる。ドイツはビール、フランスはワインに対して厳しい基準があるが日本は・・・うどんだって大変基準は緩い。緩さの中で地場産業、零細企業は淘汰される。 讃岐うどんの讃匠・松井撮影
2005/10/1 会社に出ると校正書類の山。恐ろしく後退した9月は終わり今日から10月。なかなか手の打ちようもない中で歳暮商戦の準備になっていく。世間は阪神優勝で浮かれモードだが広島ファンの私にはうるさいだけである。先日長岡で買った酒類が昨晩届いたので秋の夜長飲むでぇ・・・ 讃岐うどんの讃匠・松井撮影
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