まついのひとりごと     
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ひに ぶつぶつ・・・・ぶつくさ・・・・・・うだうだ・・・・・・・   しゃしん
2008/3/27 25日26日と神戸大阪営業だった。夙川の桜も咲き始めていて車窓の景色は春真っ盛りだった。訪問した大手の得意先様は組織再編されるところが多かった。会社は生き物、時代の変化に応じて形を変えて生きていく。今日は今期最後の会議。なかなか出口は見えてこない。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2008/3/17 11日からの出張は散々だった。インフルエンザ発病で電車に乗るのも商談するのも虫の息だった。フーデックスの会場の幕張メッセの広さは地獄だった。都内のタクシー運転手のボヤキは新銀行東京の破綻話。唯一の勝ち組東京も雲行きは怪しい。金曜にやっと医者で診断しタミフルをもらい寝た。寝たがまだ直らない。相変わらず咳が出て辛い。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2008/3/10 息子が学校からA型インフルエンザをもらって帰り昨日の午後から高熱で咳をしている。潜伏していたのに土曜日にサッカー頑張ったのも応えたのだろう。今朝病院に連れて行ったら金曜日までは休め、とのこと。気にはなるが今週も出張だ。またまた家庭に居場所が無くなる。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2008/3/7 現場のもの2名を伴い異物混入のお詫びと再発防止のご説明にT市にお伺いした。S様から大変教育的な良いお話をしていただいた。しでかしておきながら逆にたくさん学ばせていただいた。多くの繋がりの中で我々は生かされている。機会を与えてくださったことに、ただただ感謝である。それぞれどういう応え方をするのか。生き方が問われている。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2008/2/27 午後から新居浜、西条とうろつき夜にバンコクプロジェクトの民間企業の同志達と懇親会。新居浜の夜の初体験は今後の各社の課題と現状を語り合い飲み語り合い飲みそして場を変えて語り合い飲む頃には日は変わり、テーブルに酒を飲ますようになり、また場を変えて今度はラーメンを喰らい夜はひたすらにふけ話はますます混迷を極めてお開きとなった。 讃岐うどん卸担当松井調理
2008/2/25 先週は火曜日午前中健診を受けバリュウムを出してから出張に出かけた。東京、宇都宮、栃木、長野と回り再び東京で2泊して戻ってきた。この期間中、海自のイージス艦「あたご」による漁船「清徳丸」への衝突事故が起こり海自、防衛省、政府の出鱈目振りが露呈した。軍隊、権力とは何か、彼らは我々をどう見ているのかが痛いほど判った。S爺は避けない漁船団、救命胴衣を着けていない?父子にも落ち度があるがごとく語っていた。悪いのは海上交通ルールを侵したあたごである。生活の糧を得る場に突っ込んできた奴らには当然のことながら何の想像力も無い。このままだったら悲劇は何度も繰り返される。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2008/2/15 13日の昼に坂出を出て夕方赤池についた。途中の新幹線の窓からは小倉の街が雪景色だったが路線は乱れることは無かった。14日は急遽午後から長崎営業が入り博多のホテルに10時前にチェックイン。風邪なのかフロントで話すのに声が出ず喉も痛い。15日お昼に坂出着。だるいが喉はなんでもない。会社に戻りたまった残務の片付け。高松でのセミナー参加は欠席させていただいた。やりたいことは沢山あるのだがまわらない。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2008/2/12 大阪府知事選に続き岩国市長選挙も自公が勝利を収めた。勝利を収めた橋下氏福田氏はともに若い。権力側の強みは若手を擁立し勝たせることができることだ。地方と国政は違うのだが、厳しさが渦巻いている雰囲気が作られている中で有権者の目先の損得勘定がより切実にはたらいてしまう。微々たる公的扶助で命を繋いでいる弱者は生存権すらも奪われる時代になってしまった。 麺卸讃匠松井撮影
2008/2/5 お昼に新大阪駅でレンタカーを借り猪名川町、宍粟市と営業。全く初めての所で電話番号入力検索ではナビに騙されもしたが大きな遅れも無く着けた。夜に大阪に戻りO社長と北新地のUで会食。料理長さんと今後お使いいただくうどんの話もできた。久々の北新地は人影はまばらだが客待ちのタクシーの台数だけは凄い。大阪の景気はまだ駄目だ。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2008/2/4 タイから帰ってくると報道は餃子一色である。日中両捜査当局による調査に委ねるしかない。あまりにも多くの情報が飛び交い何時何処で何(誰)が毒物を混入(付着)させたのか判らない。当たり前のことだが食べ物は非常に無防備な状態であらゆる場所にある。安心して食べれることが平和の証だ。我々は毒物含め異物を口にすることを防ぐ習慣を改めて見直す必要がある。グリコ森永事件を思い出してしまう。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2008/1/30 バンコク最終日の朝はスコールだった。ホテルのあたりはたいしたことなかったがプロムポン周辺はかなり水が出たそうだ。おかげで市内は大渋滞。昼食はパラゴンの社員食堂で食べた。60バーツもあれば沢山のものが食べることができる。社員食堂の横にはカラオケボックスまであり大手百貨店の余裕さえも感じられる。午後はサイアム周辺の商業施設を見てまわり、夕方催事会場を後にしO社長と別れの会食。日本料理店江戸屋は日本の料理と酒がきちんと頂けた。お金さえ出せば日本料理に不自由することはない。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2008/1/29 トンローのラーメン店山小屋に行こうと炎天下を歩き回るが見つからない。偶然タイ人の店員を見つけ○△氏の名前を連呼しながら付いて行くとやたら歩き回って着いた。綺麗な店に日本と同じメニューがあった。夜は小泉元首相も訪れたレストランで晩飯。ラーメンよりも安く現地のシーフードを食べることができる。しこたまタイウィスキーを飲んだ。その後ホテルの地下のキャバレーで有名なショーを見て深夜お決まりのマッサージに繰り出した。 麺卸讃匠松井撮影
2008/1/28 午後から営業。伊勢丹とジェトロの方から教えていただいた讃岐うどん店『どんどん』を訪問。『どんどん』はとある総合商社出身の方がオーナーの讃岐うどんとお好み焼き、もんじゃ焼きのお店。ここは日清製粉の粉をタイ人の従業員が手打でうどんにし天然素材の出汁で食べさせてくれる。非常に綺麗でコシのあるきちんとしたうどんだった。日系人だけではなくタイ人のお客さんも増えてきたそうだ。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2008/1/27 土日はさすがに凄い人出だ。初日の金曜日は茹で釜の調子が悪く散々だったが落ち着いた。飲食は豚ネギぶっかけを129バーツで売った。現地の物価を考えると大変な値段だ。学生バイトの方達とは言語の壁が大きく立ちはだかるが、何とかやるべきことの意思の疎通ははかれてきた。毎晩タイ古式マッサージ通いでどうにか歩くことができる。 うどん卸讃匠松井撮影
2008/1/24 早朝坂出を出て、関空からシンガポール航空で1年ぶりのバンコクである。今年は飛行機は満席。重い荷物に、ついにトランクの握り手が折れた。夕方にアジアホテルに入り、先発組のF社のO氏とホテルの近所の店でタイ料理を食べパラゴンでの『シコクフェアー』の設営に向かった。昨年よりは比較的順調に設営ができそうに見えたので1時にはパラゴンを出てタクシーでホテルに帰った。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2008/1/21 この国の政治家達は全く期待されていない。最大野党の党首が重要法案の投票を棄権して大阪府知事戦の応援に行っても首は飛ばない。年金問題についての公約なんか守れそうも無いのに大臣の首は飛ばない。政治に関心を無くすることが実は政治家を延命させ強いては権力による支配をより巧妙に強固なものにしていく。
寒波到来。坂出市を取り巻く里山は高い所(200m以上)は雪化粧の朝だった。
さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2008/1/17 16日は群馬へ年始の挨拶回り。その後戸越で営業し九段で会食。深夜大久保でバテバテの体をタイ古式マッサージでほぐし外に出たら初雪がちらちら。17日は那須塩原でレンタカーを借り営業。小さいのは出払い残ってた中で一番安いプリウスを初めて運転した。静かさと清算時の燃費の良さに驚いた。那須高原は時折雪が舞い静かな良い環境の中に営業先の店は佇んでいた。九尾の狐、よい土産になればと思う。夜に東京に戻りK社に人達と銀座で会食。若い人達ははじけててよい。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2008/1/15 夕方に東京に入り三越前木場と営業。その後木場の立ち飲み経由でT寿司へ。ここの主は麺好きなので非常に参考になる話をしていただける。京風だしを簡単に作るのは昆布茶を使うと良いそうだ。かえって早速試してみよう。キムチ納豆で頂いた冷たい蕎麦は酒がすすんだ。 さぬきうどん卸さんしょうまつい撮影
2008/1/14 久しぶりにコンサートに行った。隣町丸亀市の田圃の真ん中のギャラリーで佐山雅弘氏のジャズピアノのソロだった。音のよさ、テクニック凄かった。小さい箱なのでビシビシ伝わってきた。やすらぎは必要だ。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2008/1/4 年末年始は福島県の磐梯高原のスキー場で過ごしてきた。泊まっていたリステルは雪が少なく30日から1日までは近隣のグランデコ、箕輪、アルツ磐梯と梯子した。急に冬型が強まり連日吹雪の中のスキーとなった。最終日にやっと天気が回復し雪も積もりリステルで滑った。上級コースは圧雪がされてなくボロボロ、中級コースでも体がボロボロでへっぴり腰で情けがない状態だ。息子はボロボロでも上級コースが楽しいらしく埋まろうが落ちようが挑戦していた。私は風呂だけが楽しみだった。 さぬきうどん讃匠松井撮影
2007/12/28 歳暮、年末商戦は12月中旬から勢いが失せて終息。今年も力の足りなさを実感した年の瀬だった。讃岐地方は朝から雨が降り続いている。このまま年末年始は悪天候になりそう。水不足には助かるが挨拶回りでうかがったうどん屋さんは天気を気にされていた。天気次第で売上げが大きく左右する。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2007/12/22 どうもここのところ肩と首の具合が悪い。昨晩やっとマッサージに行けた。そのときは気持ちが良かった。今朝起きたら相変わらず調子が悪い。根本的な解決はないのだろうか。すすむ老眼、慢性的運動不足、首も肩も動かすと変な音がする。 うどん卸讃匠松井撮影
2007/12/18 金、土、月と外での夜の飲食が相次いだ。金曜の高松古馬場は忘年会シーズン真っ只中で久しぶりに賑やかだった。土曜は大阪京橋。こちらはプライベート忘年会や家族連れでごった返していた。月曜の高松古馬場は10時過ぎたら人出が無くなり寂しくなった。夜の繁華街から20代30代の男が少なくなった。その世代の人口が少ないのか彼らは夜の街が嫌いなのか。未来への活力は悪所から生まれる。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2007/12/15 朝会社に顔を出してから大阪に移動。若い頃入っていた労働組合の記念誌出版パーティに出席してきた。当時の分会執行部の仲間達、お世話になった本部の方々にお会いしてきた。あれから20年以上の月日が流れ諸先輩方はおじいちゃんおばあちゃんになっていた。当時の若手の自分もええ年こいたメタボ中年である。みんなそれぞれけじめをつけた。けじめをつけて強くなれた。闘う仲間と出会い優しくなれた。T田さん本当にご苦労様でした。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2007/12/10 12/8不戦の日。今年は防衛省とY洋行とのみだらな関係が取りざたされているなかで迎えた。防衛省が莫大な血税を注ぎ込み揃えている装備。これらは果たして購入した金額相応の価値のあるものかどうか。また購入した金額は納得のいくものか。憲法議論や安保議論とは別にしてきちんと白日の下で議論していただきたい。予算は組まれ消化している。大切な税金の使い道としてどうだったのか。軍隊放棄を掲げる憲法の中のタブー防衛省がくだらない輩の打ち出の小槌になっている。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2007/12/7 昨晩は築地で食について夢を様々な角度で語り合った。Kさん、Tさん達は夢を少しでも形にするべく急速に動き出している。3日の名古屋での話しといい、どうしても国内の農をどうするかというのがテーマになる。自分は何ができるのかきちんと考えていきたい。昔の仲間ともいい仕事していきたいなどとあれこれ考えてしまう。今日は東神田のA社で打ち合わせ、昼過ぎのJALで帰ってきた。讃岐路は雨にぬれていた。例年のこの時期より静かだ。 さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2007/12/6 昨日は夕方館林着。O社長と打ち合わせをし,その後太田まで送っていただき一緒に「太田やきそば」を食べた。昔懐かしい優しい味だった。太田の夜は太田駅南口から伸びるメインストリートに風俗店のネオンがド派手にきらめいている。しかし歩道を歩く人はいない。不思議な光景だった。今日は太田で打ち合わせし、石神井、上野、築地と営業。 さぬきうどん卸さんしょうまつい撮影
2007/12/4 昨晩は名古屋でG社の一室でフードコーディネーターT氏とF社の方々と打ち合わせ。T氏の食に対する情熱と優しいまなざしにとても感銘を受けた。食べ物を通じて何を伝えるか。そのためには伝え手が健康で健全で元気でなくてはならない。はたして自分はどうか、健全さは無理としても決して健康とはいえない。だらだらと遅くまで働き節操も無く飲食し肥満体である。謙虚になろう。夜もふけてN氏O氏と名駅近くの山ちゃんでいっぱい。手羽先と味噌カツがくせになる。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2007/11/30 今週は火水と岡山、名古屋、三重への営業であっという間に11月の末日となった。田舎町坂出もやっと日常の静けさが戻ってきた。坂出平野を取り囲む里山はまばゆいばかりの紅葉に覆われている。今日はぽかぽか陽気だが季節はきちんと巡っている。 さぬきうどん卸さんしょう松井撮影
2007/11/17 14日は浅草橋、秋葉原と移動し伊勢崎の同業者のI社長と情報交換。夜には館林に移りこれまた同業者のO社長と歓談。15、16日は都内を営業して帰ってきた。寝不足気味でしんどかったが無理してたら風邪が逃げていった。ニュースで守屋氏の証人喚問を見た。場慣れされた淡々とした応対だった。今後喚問で名前が出た額賀、久間氏への追及へと場は移っていく。日米を取り巻く闇の深部を見ることはできるのだろうか。 讃岐うどん卸さんしょう松井撮影
2007/11/13 昨晩からまた東京入りだ。恵比寿のお客様に挨拶つでに打ち合わせで利用させていただいた。細切麺をご利用いただいているのだが、カレーうどんと非常に相性が良い。鍋焼きうどんにしてもへこたれず出汁がよく絡む。今日は午後から日生協通販本部で商談。コープ香川出身者としては不思議な感じ。その後千石でタイ語への翻訳の打ち合わせ、八重洲、新橋営業と続き銀座で通販用情報紙面用の取材と時はばたばたと過ぎ行く。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2007/11/10 7日は夜、福岡に移動しそのまま天神の屋台「小金ちゃん」でM部長と会食。たまたま隣には、でっかい高見盛関が座った。相撲界も不祥事が連続し世間の風当たりが強いが、彼のような人気力士が一人で夜の街で営業していることに光が見える。人柄の良い自然体、人気があるのもわかる。8日は福岡県内を営業し夜に大阪に移動。9日は大阪市内と京都市内営業。引いた風邪はなかなか治らない。政局は結局小沢氏が元の鞘に戻り、「大連立構想」の闇の80日が明るみに出てきた。結局民主、自民、読売・・・信用を失ったのは何処だろうか。どこも信用できない、ということは民主が一番ダメージを受けた。 麺卸讃匠松井撮影
2007/11/7 朝から岡山で開かれた農林水産省主催の食品輸出販促セミナー・商談会に参加してきた。1月バンコクのプロモーションでお世話になった方々との再会の場になった。輸出について考えれば考えるほど国内販売における自らの課題が鮮明になってきた。消費者目線できちんと開発していかないと何をやっても駄目だ。今の大手NBメーカーも出発点は赤ん坊だった。販売努力と商品開発を重ねてきたから今があるのである。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2007/11/5 小沢さんは本当に困った人だ。また放り投げちゃった。そもそもどうして党首会談に望んだのか。参院選勝利の民意を汲み取ることができないのか、そのプレッシャーに負けたのか。彼の「持論」よりも今やるべきことは山ほどあるのではないか。このおっさんはこの国の行く末がかかった重要な局面では何時もこうだ。所詮民主党は烏合の衆、挙党一致のリーダーシップが計れる人材を党首に就けれなければ党は持たない。あせらずに正攻法で院内外闘争を組み立て、早期衆院解散に持ち込むことが問われている。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2007/10/27 今週も23日から東京界隈をうろついていた。23日は新橋、新宿、築地、銀座。24日は初台、西日暮里、東神田、根津、九段。25日は三鷹、北本、朝霞台。26日は赤坂に午前中営業で伺い午後のJALで帰ってきた。何処に行っても話題は赤福と比内地鶏ばかり。食品業界は針の筵の上だ。身の丈を超えた商売が要求される流通の発達、ブランド確立浸透のなかで様々な綻びや欲が出てきたのだろう。右肩上がりを求め続ける拡大政策が本当に良いのか。今は足元をしっかりと固めること、今までの「常識」に疑問を持ち、全ての事象に対し根拠を明確に持つことが問われている。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2007/10/22 先週は火曜から関東営業だった。16日東京は冷たい雨が降っていた。いきなりの秋だった。飯田橋、駒込、宇都宮、大塚、人形町、銀座、前橋、桐生、太田、千駄ヶ谷、大久保、新橋・・・と営業で回った。様々な出会いがあった。また明日から関東営業である。なかなか新たな展開が作れない。守りで手一杯なんて情けない。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2007/10/15 昨晩は浜松の友と久々の再会。酒を飲み瞬く間に4時間が過ぎ去った。彼は社長、創業者ではないから気を使うのだろうな。20年の年月を瞬時にして会話は駆け巡るが、お互い年取ったものだ。11時に名古屋駅に着き商談。みんなの力で商売させていただいている。 さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
2007/10/14 昨日午後から豊橋である。今日は当社取扱店のF里さん主催の料理教室に講師として参加してきた。地元の老舗岩瀬商店さんに鰹節でのうどんだしのとり方を教わり、竹本油脂さんの高級胡麻油で天ぷらを揚げ、茹で上げたうどんに乗せて皆で食べた。賑やかで食欲溢れる一日だった。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2007/10/10 10月も売り上げは低迷・・・・残務は全く捗らない消化不良が続いている。課題は判っているのだが改善されない。
また三輪そうめんに云われ無き災難が降りかかっている。中国産を偽装し三輪そうめんと偽り販売した奴らが逮捕された。悪いのは偽装し販売した奴らである。せこい犯罪が後を絶たない。食品のトレーサビリティに対する視線がますます厳しくなる。
さぬきうどん卸讃匠松井撮影
2007/10/4 2日から東京出張。夜はI社のN氏と木場のマイナーな夜を3件はしご。下町の人情が温かい。3日は横浜のラーメン産業展見学。広い会場には思ったほど人出は無い。人口減、高齢化の流れの中でラーメンと言えどもさほどの盛り上がりは遠い。今後は日式食文化は海外市場に活路を見出していくのだろう。夜は九段のSで会食。将来の夢を語れる楽しい場となった。4日は午前中商談、午後に事務所に帰り残務の山。 讃岐うどん卸讃匠松井撮影
2007/10/1 9月の数値の悪さは目も当てれない。きちんと市場に投入できるように商品を作りこめてない弱さを痛感する。
先月27日長井さんがビルマで取材中、軍事政権に殺された。インドシナ、中近東・・・世界中の殺戮が続く地でどれだけ多くのジャーナリストの命が奪われたのだろうか。それでも怯まず事実を捉え伝えようとする者達は尊い。正規の職業であれ、そうでなかろうが閉ざされた世界に足を踏み入れる勇気を持つものを尊敬する。足を踏み入れる人が悪いのではない。なんびとも移動の自由はある。殺す奴が悪いのだ。
さぬきうどん卸讃匠まつい撮影
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